弁護士法人英明法律事務所の事務所報『Eimei Law News 』より、当事務所の所属弁護士によるコラムです。

債権回収を考える

  7  弁済期の定めのある受働債権と相殺適状
     (最判平成25年2月28日民集67巻2号343頁)

     中小企業法務研究会  債権回収部会  弁護士  吉開  雅宏 (2014.12)

1.事案の概要

  • 平成7年〜平成8年

    Xは、貸金業者Yとの間で、利息制限法所定の制限を超える利息の約定で継続的な金銭消費貸借取引を行った。この取引の結果、取引終了時点で約18万円の過払金が発生していた(以下、「本件過払金返還請求権」という。)。

  • 平成14年

    Xは、貸金業者Aから457万円を借り入れた。この金銭消費貸借契約には、Xが平成29年まで毎月約定の元利金を分割弁済することとしその支払を遅滞したときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約があった。

  • 平成15年

    Yは、A社を吸収合併して、Xに対する貸主の地位を承継した。

  • 平成18年

    本件過払金返還請求権の消滅時効期間経過

  • 平成22年7月

    Xは、支払を遅滞したため、期限の利益を喪失した。

  • 平成22年8月

    Xは、Yに対し、本件過払金返還請求権(利息を含む)合計約28万円の債権を自働債権とし、本件貸付金残債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をした。
       他方Yは、平成22年9月、本件過払金返還請求権の消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

2.判旨(最判平成25年2月28日民集67巻2号343頁)

民法505条は、相殺適状につき、「双方の債務が弁済期にあるとき」と規定しているのであるから、その文理に照らせば、自働債権のみならず受働債権についても、弁済期が現実に到来していることが相殺の要件とされていると解される。また、受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由に両債権が相殺適状にあると解することは、上記債務者が既に享受した期限の利益を自ら遡及的に消滅させることとなって、相当でない。したがって、既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには、受働債権につき、期限の利益を放棄することができるというだけではなく、期限の利益の放棄又は喪失等により、その弁済期が現実に到来していることを要するというべきである。
   これを本件についてみると、本件貸付金残債権については、被上告人が平成22年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため、本件特約に基づき、同日の経過をもって、期限の利益を喪失し、その全額の弁済期が到来したことになり、この時点で本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とが相殺適状になったといえる。そして、当事者の相殺に対する期待を保護するという民法508条の趣旨に照らせば、同条が適用されるためには、消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると解される。前記事実関係によれば、消滅時効が援用された本件過払金返還請求権については、上記の相殺適状時において既にその消滅時効期間が経過していたから、本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権との相殺に同条は適用されず、被上告人がした相殺はその効力を有しない。

3.最判昭和61年3月17日(民集40巻2号420頁)と民法508条

最判昭和61年3月17日民集40巻2号420頁は、「時効による債権消滅の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当である」と判示しています。
   また、民法508条は、「時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。」と規定しています。
   そこで、同条の「消滅」を上記判例の見解に従い、消滅時効の援用と解するのであれば、消滅時効を援用する以前に自働債権と受働債権とが相殺適状にあれば同条が適用されることになります。そして、本件においても同条が適用され、被上告人の相殺は効力を有していたものといえます。
   しかし、本判決は、これを否定していることから、昭和61年判決の射程は、508条との関係では及ばないものと考えられます。