弁護士法人英明法律事務所の事務所報『Eimei Law News 』より、当事務所の所属弁護士によるコラムです。

資格取得費用の返還請求

  〜会社は使用者と合意し、資格取得費用の返還を請求できるか?

    中小企業法務研究会  労働部会  弁護士  木山  生都美 (2014.05)

B従業員は、A社の費用負担で資格を取得しましたが、この際、A社とBとは、Bが1年以内に 自己都合で退職する場合には、会社が負担した費用を返還するということで合意していました。その半年後、Bは、親の介護のため、急遽A社を退職することになってしまいました。
  A社は、「Bは会社のお金で資格を取ったのに、たった半年で退職するのだから、約束通り、資格取得費用を返還するように。」といってきました。
  Bは、「当時は半年でやめることになるなんて考えていなかった。当該資格は、今後介護する自分には全く必要のないものだから、支払いたくない。」と主張しています。
  A社はBに対して、資格取得費用の返還を請求できるのでしょうか?

*本件のポイント*

資格取得費用を会社が負担し、一定期間内に退職したときに、当該費用の返還を義務付けるという合意は無効だが、資格取得費用を会社が貸与し、一定期間継続勤務したときに、その返済費用を免除できるという形での合意は有効となりうる。

 まず、会社での業務遂行に必要不可欠な研修や資格を会社の指示により受けたり取得したりした場合には、その対価の負担は、会社が、使用者として当然負担すべきもので、この負担を労働者に求めること自体が不当です。今回は、あくまで、当該研修や資格が労働者にも利益になる場合を考えたいと思います。

 会社は、労働契約の不履行について、違約金を定めたり損害賠償額を予定する契約を締結することはできません(労働基準法第16条)。つまり働かないことについて使用者が労働者からお金をとることを禁止することにより、労働者が意に反して働かされることを防止しているのです

 本件事例の合意は、会社が資格取得費用を出すかわりに一定期間働くことを義務付け、退職、つまり不履行について違約金を定める契約であるといえ、従業員を不当に拘束する恐れがあります。 従って、原則、本件事例の合意は、労働基準法16条に違反することとなり、A社はBに対して、資格取得費用の返還を請求できないと思われます。 ただ、実際には、具体的な合意の内容やその会社の実 情に照らして、労働者に対して使用関係の継続を不要に強要するものではないか等を個別具体的に検討する必要があると思います。

 類似の事例で、労働者の申し出により資格検定のための費用を会社が負担し、従業員が一定期間継続勤務したときに、その返済費用を免除し、それ以前に退職するときは返済するという合意について、労働基準法16条に反しないとしている判例があります。この判例では、会社の返還請求額が合理的な実費であり会社による立替金と認められ、免除までの就労期間が1年と短期、金員の返済により退職がいつでも可能、等といったことから、その合意が労働契約の履行不履行と無関係に規定されたもので、不当に雇用関係の継続を強制しないと判断されたからのようです。

 事案に即して個別具体的に検討する必要があるとは思いますが、純然たると労働者との消費貸借契約として労働契約の履行不履行と無関係に規定されている場合には、直ちに、労働基準法16条違反とはならないと思われますので、会社としては、資格取得費用を会社が負担するのではなく、無利子あるいは低利子で貸し付けるといった資格取得制度の貸与制度の導入を検討すればよいと思います。 なお、制度については、後日トラブルになることがないよう、資格取得の目的、費用貸与の趣旨、会社が費用負担する範囲、貸与限度額、貸与年数、返済方法、利息取扱い等を明確にしておきましょう。