弁護士法人英明法律事務所の事務所報『Eimei Law News 』より、当事務所の所属弁護士によるコラムです。

債権回収を考える

  5  明示的一部請求と消滅時効

     中小企業法務研究会  債権回収部会  弁護士  吉開  雅宏 (2014.08)

事 例: Xは、Yに対し、平成15年4月1日、1000万円を貸し付けた。Xは、Yに対し、平成25年3月1日到達の内容証明郵便で、貸金債権の支払を催告した上、同年8月1日、本件貸金債権のうち500万円の支払を求める訴えを提起した。
   裁判所は、平成26年3月1日、貸付金の一部については弁済がなされていることを認め、現存する貸付金債権の額は800万円であると認定して、Xの請求を全部認容する旨の判決を言い渡した。そこで、Xは、平成26年4月1日、残部300万円の支払を求める訴えを提起したところ、Yは、残部について、消滅時効が完成していると主張して、時効を援用した。

1.一部請求とは

一部請求とは、金銭その他数量的に過分な給付を目的とする債権について、原告がその一部のみの給付を申し立てる行為をいいます。一部請求については、そのことが訴訟において明示されていなければ、残部請求が前訴判決の既判力によって許されないとされています(最判昭和32年6月7日)。もっとも、明示の有無に関する明確な基準はなく、最判平20年7月10日は、事例判断ではありますが、種々の事情を総合考慮して一部請求である旨の明示がなされていると判断しています。

2.裁判上の請求による時効の中断

裁判上の請求による時効の中断効が認められるためには、当該請求権が訴訟物であることが原則ですが、判例は、訴訟物になっていない権利についても,裁判上の権利主張が裁判上の請求に準ずるものとして時効中断効が生ずる場合があることを認めています(最判昭和44年11月27日)。

3.平成25年6月6日民集67巻5号1208頁

明示的一部請求が「提起された場合、・・・消滅時効の中断の効力は、その一部についてのみ生ずるのであって、当該訴えの提起は、残部について、裁判上の請求に準ずるものとして消滅時効の中断の効力を生ずるものではない。・・・なぜなら、当該認定は判決理由中の判断にすぎないのであって、残部のうち消滅していないと判断された部分については、その存在が確定していないのはもちろん、確定したのと同視することができるともいえないからである。
   ・・・明示的一部請求の訴えにおいて請求された部分と請求されていない残部とは、請求原因事実を基本的に同じくすること、明示的一部請求の訴えを提起する債権者としては、将来にわたって残部をおよそ請求しないという意思の下に請求を一部にとどめているわけではないのが通常であると解されることに鑑みると、明示的一部請求の訴えに係る訴訟の係属中は、原則として、残部についても権利行使の意思が継続的に表示されているものとみることができる。
   したがって、明示的一部請求の訴えが提起された場合、債権者が将来にわたって残部をおよそ請求しない旨の意思を明らかにしているなど、残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のない限り、当該訴えの提起は、残部について、裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を生ずるというべきであり、債権者は、当該訴えに係る訴訟の終了後6箇月以内に民法153条所定の措置を講ずることにより、残部について消滅時効を確定的に中断することができると解するのが相当である。
   もっとも、催告は、6箇月以内に民法153条所定の措置を講じなければ、時効の中断の効力を生じないのであって、催告から6箇月以内に再び催告をしたにすぎない場合にも時効の完成が阻止されることとなれば、催告が繰り返された場合にはいつまでも時効が完成しないことになりかねず、時効期間が定められた趣旨に反し、相当ではない。
   したがって、消滅時効期間が経過した後、その経過前にした催告から6箇月以内に再び催告をしても、第1の催告から6箇月以内に民法153条所定の措置を講じなかった以上は、第1の催告から6箇月を経過することにより、消滅時効が完成するというべきである。この理は、第2の催告が明示的一部請求の訴えの提起による裁判上の催告であっても異なるものではない。」

4.おわりに

一部請求をする理由の一つに、印紙代を節約し、訴訟を通じて勝訴可能性を見極めつつ、残部について訴訟を提起しようとする考え方があります。【事例】の題材となった判例では、原告は、未収金債権の総額が約3億9761万円であると明示し、そのうち約5293万の支払を求める訴訟を提起しています。一部請求とした理由は定かでありませんが、判例の事案では、残部請求で提起した2235万円の債権があると認定されたにも関わらず、消滅時効が完成しているとしてその請求は棄却されています。
   一部請求をする場合には、残部についての消滅時効に気を配っておく必要があることを示唆した判例といえます。